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鉄骨工場の耐震シミュレーション|工場の補強対策にシミュレーションを活用 | KKEの 企業防災・BCPコラム

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鉄骨工場の耐震シミュレーション|工場の補強対策にシミュレーションを活用

前回シミュレーションを活用した耐震設計の基本的な考え方についてご紹介しました。超高層ビルや免震建物ではシミュレーションを活用した設計が広く普及しています。このシミュレーションを活用した設計を工場の補強対策に適用することが工場の耐震補強の問題の解決に有効であることをお話しました。

今回は、鉄骨工場の耐震シミュレーション事例をご紹介します。シミュレーションで何が分かるのか? 工場の耐震補強の問題解決にどう有効なのか? より具体的にイメージしていただけると思います。

鉄骨工場モデルの概要

まず、対象とする鉄骨工場モデルの概要を示します。

 


鉄骨工場モデルの概要

対象モデルは、大型工場で築40年以上の三角屋根の鉄骨構造の建物です。1スパンの柱間は15m程度あり、高さが8m、と大きな製品を製造しています(実際にはもっと何スパンもありますが、分かりやすいようにモデルのスパンを短くしています)。

このような建物は、新耐震設計法の施行以前の建物ですので、通常は耐震診断をすると「NG」になります。現場では設備などの釣り荷重がありますので、実際の建物の中身は非常に複雑になっていますが、主体構造はシンプルなトラス構造になっています。

 

固有値解析で建物の周期と揺れ方を把握する

まず固有値解析という技術を使って、もっとも揺れやすい建物の周期と揺れ方を調べます。

固有値解析の結果をアニメーション画像で示すと以下のようになります。

固有値解析結果(アニメーション)
固有値解析結果(アニメーション)

 

固有値解析では、建物の周期(固有周期)と揺れ方(固有モード)が分かります。固有周期とは、建物が一方に揺れて反対側に戻ってくるまでに何秒かかるかという時間です。この建物は1秒くらいの固有周期をもっています。物は引っ張って放すとブラブラと揺れますが、その揺れ方が固有モードで、固有値解析ではこの揺れ方を計算で求めています。これが最も揺れやすい周期と揺れ方ですので、地震の影響を受ける周期です。

固有周期の計算で分かることは、この建物の周期が何秒なのか?です。つまり、この周期がわかると、前回説明した加速度応答スペクトル図のどの辺に相当するのかが分かってきます。加速度応答スペクトル図の横軸が周期になりますので、1秒の場合はこの富士山の形の中腹付近にいるということがわかります。

 

告示に示されたスペクトル(極稀に発生する地震)
告示に示されたスペクトル(極稀に発生する地震)

 

また、どの部材が大きく変形するのかもわかってきます。この事例だと、下の図のように柱脚がまず回転しているという事と、矢印で示す柱がかなり大きく変形するということが分かります。

 

 固有値解析結果
固有値解析結果

 

時刻歴応答解析で地震時の挙動と損傷を把握する

次に行うのが時刻歴応答解析です。時刻歴応答解析では、特定の地震波を入力した時に建物がどうなるか?が分かります。

下の図は時刻歴応答解析の結果を示しています。奇妙な動きになりますが、これは赤い部分が傷んで周期が伸びて、地盤の動きと反対側に動くように見えていますが、逆位相で動いてくるようなフラフラの状態になっています。

こうした動きと変形量や損傷個所を知ることができることが、時刻歴応答解析の特長です。

 


時刻歴応答解析結果(アニメーション)
変形倍率:30倍、時間スロー倍率:3倍、赤マークは損傷個所

 


時刻歴応答解析結果

 

この解析方法では、共振現象を調べることができます。共振曲線と照らし合わせると、どれくらい大きな応答が出るのかが分かります。それと同時に考慮できるものとしては、接合部の破断や座屈、およびブレースの部材の降伏です。

また鉄は引っ張ると、ある応力を超えると弾性変形から永久変形が残るような領域に入っていきます(降伏といいます)ので、大きな力がかかった時の材料の特性を考慮した解析が必要です。普通の鉄の弾性状態とは、小さな力がかかった時の力と変形の関係ですので、力を戻せば形状も元に戻りますが、永久変形が残るような状況(材料の塑性化)まで追跡できるというのが、この解析方法(弾塑性解析といいます)の特長になります。

 

時刻歴応答解析で考慮することができる項目
時刻歴応答解析で考慮することができる項目

 

このような解析を行うことによって、建物各部の変位(どれだけ変形するのか)、どこが損傷するのかが分かってきます。この建物は赤い部分が損傷すると、この柱の回転を止めることが難しくなりますので不安定になってしまいます。さらに変形すると倒壊します。

そして倒壊する一番の根拠は、“P-⊿効果(ピーデルタ効果)”です。P-⊿効果とは、柱が傾いた状態で軸力が加わると、自重によって付加曲げモーメントが発生することです。大きな工場の柱は1本で大きな面積を負担していますので、この柱に軸力(柱の軸方向の力)がかかって、この柱脚に曲げモーメントが付加的に発生すると、柱は抵抗できなくなり建物は倒壊します。倒壊する限界の変形角が、どれくらいなのかを建物ごとに考える必要があります。


P-⊿効果(ピーデルタ効果)の概念図

 

木造の建物だと、目に見えて傾いた柱でも何とか持ちこたえたりしますので、1/30くらいの変形角までもつと言われています。1/30というのは、高さの30に対して1だけ水平に変形することを意味し、仮に3mの柱であれば、10㎝くらい横に変形することになります。

一般的には、超高層ビル等では、変形角1/100を目標に変形を抑えます。これは、かなり安全側です。1/100とは、1mの建物に対して1㎝ですから、よく見ないと傾きは見えません。それくらい小さな変形に抑えるというのが超高層ビルの考え方になります。ただ鉄骨造の工場の場合は、もう少し変形を許しても良いかなど、様々な考慮をした上で補強計画を決めています。

 

このように、シミュレーションを用いることで想定した地震の発生時に工場がどうなるのか?を詳細に把握することができます。これらの結果を考慮して補強の方針や工法を検討することで、Is値を基準とした補強方法に捉われない様々なアイデアが生まれます。

まとめ

今回は、シミュレーションで何が分かるのか?工場の耐震補強の問題の解決にどう有効なのか? を鉄骨工場のシミュレーション事例を用いて解説しました。内容をまとめると以下のようになります。

●固有値解析では建物の揺れやすい周期が分かるため、加速度応答スペクトル図のどの辺に相当するのか(想定した地震に対して建物がどれくらい地震の力を受けるのか)が分かる。

●時刻歴応答解析では特定の地震に対して、建物のどこがどのように変形し損傷するのかが分かる。

●これらの結果を考慮して補強の方針や工法を検討することで、Is値を基準とした補強方法に捉われない様々なアイデアが生まれる。

 

次回は、工場の一般的な補強方法についてご紹介します。

 

構造計画研究所 企業防災チーム

 

 

 
           
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