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シミュレーション技術を工場の地震対策に(2) | KKEの 企業防災・BCPコラム

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シミュレーション技術を工場の地震対策に(2)

前回は、工場の耐震補強の問題解決にシミュレーション技術が有効であるというお話をしました。

耐震改修促進法の施行から30年近くが経過しています。その間に、地震研究の進展やコンピュータの性能向上により、シミュレーションを用いた設計が広く普及しました。シミュレーションを用いた設計は、工場のように規模が大きいにも関わらず確立した工法がない建物にも適用することが可能であり、工場の耐震補強の問題解決につながる可能性があります。

そこで前回に続き、シミュレーション活用の基本的な考え方について、もう少し詳しくお話したいと思います。

建物の揺れ方を把握して設計する

まずはじめに地震による建物の揺れ方の話をします。下の図は地震波の例を示した図です。

 

地震波(上:内陸直下型地震|下:海溝型地震)の例

地震波(上:内陸直下型地震|下:海溝型地震)の例

 

縦軸が加速度、横軸は時間です。一般的に内陸直下型の地震(上の波形)は、短時間に大きな加速度が発生します。東日本大震災を引き起こしたような海溝型地震(下の波形)は、長い時間、揺れが継続します。

また、実際の地震波は非常に複雑な波形になっています。これはいろいろな振動数の波が重なり合っているからです。このようないろいろな振動数の波が重なり合った地震波の共振曲線を計算すると、下図のような加速度応答スペクトル図と呼ばれるグラフを描くことができます。

 

加速度応答スペクトル図

加速度応答スペクトル図

 

加速度応答スペクトル図の縦軸は地震による最大応答加速度(建物を揺らす力=地震力)を、横軸は建物の周期を示しています。折れ線グラフの一本一本は、それぞれが過去に発生した地震で、地震によって建物にかかる地震力が異なることが分かります。また「h=5%」は減衰率を示しています。

また、同じ地震でも建物の周期が異なれば建物に加わる地震力が異なるということも分かります。建物の周期が短い領域(図の左側)では地震力が小さく、0.1~ 1.0秒 くらいの間では地震力が大きくなっています。そして1.0秒より長くなると急激に小さくなっていきます。
非常に固い建物(周期が短い建物)は地盤の揺れと同じ力で揺れています。超高層や免震のような長い周期をもった建物は、小さな地震力で済んでいるということになります。

このように、地震力(建物を揺らす力)が小さい領域を狙って建物を設計することで、地震に対して有利な建物が作れるということが分かります。
この関係性を整理した形で法律となっているのが、告示に示されたスペクトルと呼ばれるものです。これは振動解析を考慮して設計する場合の設計の目標値となっています。

 

告示に示されたスペクトル(極稀に発生する地震)

告示に示されたスペクトル(極稀に発生する地震)

 

例えば超高層の建物を設計する場合には、この富士山の形をしたスペクトルを想定して、この地震力に対して抵抗できるように設計します。山の平らな部分にあたる周期の領域では最大限の地震力がかかりますが、右側の下り長周期の方に逃げると地震力は小さくて済みます。

超高層の建物が地震に対して有利と言われている理由は、長周期の領域に建っているからです。つまり低い建物より相対的に地震力が小さくて済むのです。低い建物には800gal(cm/s2)くらいの地震力が入ってくるのに対して、3秒くらいの周期で建っていると4分の1程度の地震力で済みます。1G(=980gal)くらいの地震力というのは重力と同じですので、仮に建物を横にしても壊れないくらいの力です。したがって3秒くらいの周期で建っている建物は、相当有利な条件といえます。

逆に原子力発電所のようにガチガチに固い建物は、左側の短周期側に逃げています(ただし原子力発電所の設計は、このレベルのスペクトルではなく、もっと高いスペクトルで計算していますので、誤解のないよう補足します)。

これは民間の建物を設計するための目標値ですが、基本的な大小関係は同じと考えていただいてかまいません。

鉄筋コンクリート造と鉄骨造の揺れ方の違い

鉄筋コンクリート造(RC造)と鉄骨造(S造)の建物を加速度応答スペクトル図に位置付けると下のグラフに青字と赤字で示したような関係になっています。鉄筋コンクリート造の建物の周期は短めで、ちょうど富士山の頂上あたりです。鉄骨造の建物は、それに比べもう少し周期が長いことが平均的な話として分かっています。
ですので鉄筋コンクリート造、特に低層の鉄筋コンクリート造には、この富士山の頂上あたりの地震力、すなわち最も大きな地震動が入ってくるが、鉄骨造は少し楽になるというのが一般的な傾向です。

 

鉄筋コンクリート造と鉄骨造の周期帯の比較

鉄筋コンクリート造と鉄骨造の周期帯の比較

 

鉄骨造の建物を補強すると、固くなり短周期側になります。つまり地震力を考えると不利な方向になります。このあたりが悩ましいところです。
Is値を基準にした補強を行うと、どうしても固める方向になりますが、固めると建物の周期が短周期化してしまい、下のグラフのように結果として大きな地震力を受けるという問題が発生してしまいます。

 

鉄骨造工場の補強前と補強後の周期帯の比較

鉄骨造工場の補強前と補強後の周期帯の比較

 

この問題は古い技術ではどうしようもないため、とにかく固めて仮に大きな地震力が入ってきたとしてもそれに耐えられるだけの耐力を持たせようと考えました。「不利な方向に行くのは仕方ないと覚悟して、それでも問題ないように補強しましょう」という考え方です。

これに対して私たちのアプローチは「シミュレーション技術で解決しましょう」という考え方です。具体的には、下図に示すような運動方程式を解くのが基本の考えになっています。質量(建物の重さ)に加速度(地震による加速度)を掛けたものと、減衰係数(建物の減衰率)に速度(地震の速度)を掛けたもの、ばね値(建物の剛性)に変形(建物の変形)を掛けたものが外力(地震力)と釣り合うという方程式を時々刻々と計算していくことによって、建物の運動を精密に推定していくという方法です。

 

運動方程式

運動方程式

これはニュートン力学ですので理論自体は昔から分かっていましたが、最近になってコンピューターの性能が非常に向上したことで、こうした複雑な計算も普通に行えるようになってきました。

まとめ

シミュレーションを活用した耐震設計の基本的な考え方について、加速度応答スペクトル図を用いて解説しました。内容をまとめると以下のようになります。

●同じ地震でも建物の周期が異なれば地震力(建物を揺らす力)は異なる。
一般的に鉄骨造(の工場)は鉄筋コンクリート造よりも周期が長く地震力のピークを外す傾向にある。
●Is値を基準にした強度抵抗型の補強は建物の周期が短くなるため、結果として大きな地震力を受けるという問題が生じる場合がある。
●シミュレーション技術を活用することで、Is値を基準とした補強以外にも様々なアイデアがうまれる。

 

次回は、シミュレーション技術を鉄骨工場に適用した事例をご紹介します。シミュレーションで何が分かるのか?工場の補強における問題解決にどう有効なのか?より具体的にイメージしていただけると思います。

 

構造計画研究所 企業防災チーム

 

 

 
           
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