今回も、防災・BCP・リスク管理の専門家の森健さんによる連載記事をお届けします。
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昨年から今年にかけても、日本各地における地震発生は一定の頻度で継続しています。青森県東方や島根・鳥取方面でも発生し、驚かれた方も多かったのではないでしょうか。今回は、発生が想定されている様々な地震のうち「南海トラフ巨大地震」を念頭に、広域災害が発生した場合の潜在的なリスクについて考えてみたいと思います。
市場としての「防災・BCP」とDXの荒波
防災・BCPに関して、政府・自治体・民間企業が積極的に取り組むこと自体は素晴らしいと思います。
しかし国際競争力が世界で30番台になってしまったわが国では、本物(実効性ある仕組み)と偽物(表面的なブランド力だけで実戦では役に立たない仕組み)との区別がつきにくくなっている現状も踏まえていただき、単に「○○が推奨しているから(※○○は皆さん想像して入れてください)」という権威主義的思考ではなくて、常に「論理的に正しい仮説に基づいているか?」また「本当に実戦で役に立つのか?」という自問自答を繰り返した後に、当該仕組みを導入していく必要があります。
特に、政府の各種政策に呼応する形で、やたらと「防災&DX」が叫ばれるようになりましたが、筆者はこの点についてももろ手を挙げて賛成ではなく、案件ごとによく吟味が必要であると考えています。
国民が日々活用するその他の各種システム同様、そもそもシステムは便利である(いままでより使い勝手が良くなる)ということが重要です。しかし巷のシステムたちは「紙のほうがスムーズだったね」というものも未だに多く、「いったいどなたさんが制度設計をしはったんやろぅ」と呟きたくなるものも多くあります。
本当の「専門家」が関与しているか?
「専門家とは単なる物知りではない。その分野の致命的な失敗を知り、その失敗を回避する術を知る者を専門家というのだ」というのは、あるドイツのノーベル物理学賞をとった研究者の言葉です。
システムしかり、ガイドラインしかり。実戦経験のない表層的な専門家風の者が制度設計すると、ピサの斜塔のような内容となり、「緻密に見えるけど、全体としては曲がっとるな」という結果に終わってしまいます。
特に防災・BCPに関しては、発災後に研究対象とし結果論的に追究するスタンスと、発災直前である時点から不確定な未来に向けて苦渋の決断を積み重ねることとは、そもそも見える景色が違うのです。その点を踏まえて、現場にあった形でシステムが設計されていれば素晴らしいと思うのですが、そうでない場合も散見されます。例えて言うなら、マネージャーとして人事評価の苦しみを経験していない者が、人事評価制度の制度構築をやっています的な状態になっていると、非常に高リスクではないでしょうか。
システムと人の役割分担
南海トラフ巨大地震が発生した場合に、自社のサプライチェーン全体に同時多発的に被害が発生することを想定し、これをシステムで早期に把握しようと考えたとき、この考え方・対応方法自体に潜在的なリスクはないのでしょうか。
システムの設計思想が正しいのか、個別の確認項目が正しいのかという個別具体的な議論と同時に、そもそもシステムにその対応・業務を依存していいのか、万が一システムが機能しなかった場合はどのように仮説を立てるのか、という点の議論も重要ではないかと思うのです。
万が一システムが機能しなかった場合は、予め整理しておいた被害想定に基づいて、確認対象ごとに「被災」あるいは「無事」について仮説を立て、その仮説に基づいて全力で初動対応を開始する。その後事態が判明したり、システムが復旧した場合は、速やかに利便性が高い方法に切り替えるという考え方を持っていたほうが、危機に強い組織が実現すると思います。
そもそもシステムというのは、システムを使わなくても対応できる者が、システムを活用するから強力な威力を発揮するのではないでしょうか。システムそのものを真の専門家が設計したか否かとともに、この点についても確認が必要ではないかと筆者は日々感じています。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
以上
