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工場の耐震補強の問題点 ~Is値の利点と問題点とは~

工場の耐震補強の問題点

前回は、工場の耐震診断と補強対策を実施するうえで重要な指針となる耐震改修促進法についてご紹介しました。

耐震改修促進法に則って耐震診断を行い、いざ補強対策を実施しよう!としたところで困難な問題にぶつかることが非常に多い、というお話をしました。困難な問題というのは、補強対策を実施するのに信じられないくらいお金がかかる、という問題でした。実際にこの問題に直面し、工場の補強対策を進められないでいるケースが非常に多いです。なぜこのような問題が起きるのでしょうか?今回はその理由についてお話したいと思います。

工場の耐震補強の問題点

問題は2つあります。一つは既存の工場の補強工事にはさまざまな制約条件があるということです。

例えば生産を長期に止めるような工事はできませんし、運搬ルートや設備配管などを考えた場合、施工できる箇所が大幅に限定されます。もう一つの問題は、これから説明するIs値という指標によって耐震補強の目標を一律に決めていることです。

Is値とは

耐震診断の結果は、Is値(耐震指標:Seismic Index of Structure)という数字で評価されるのはご存知の方も多いと思います。補強案の見積りも「Is値が目標値“0.6”を下回りました。“0.6”を上回るような補強量を考えると施工費用は〇億円です」といった形で報告されます。

 

耐震診断は、建設当時の構造設計図面や、途中で建物を変更した場合の変更図面を参考にし、現地調査を行ったうえで建物の現在の状況を把握して、そこから地震に対する耐力を求めます。このやり方も耐震改修促進法に関連した告示に示されており、それに従った形で評価していく方法です。最終的にIs値という指標に落とし込み、その数値の大小関係で、この建物は「OK」です、「NG」ですと判定しています。判定結果が“0.3”を下回るような数値が出て来た場合には「この建物は駄目でしょう。崩壊する危険性が高いです。」、“0.6”を超えるような場合には「崩壊する危険性が低いです。」と判断します。

 

Is値(耐震指標:Seismic Index of Structure)

Is値(耐震指標:Seismic Index of Structure)

 

ここで「どういう地震に対して危険性が高いのか?」とか「どんな小さな地震でも駄目なのか?」などなど、いろいろ疑問が出てくると思います。Is値は一見わかりやすそうな数字ですが、地震の大きさを特定していないのに危険性だけがわかるという印象の数字になっています。Is値は、建物の各階ごと、方向ごとに出てくる数字です。Is値による指標は、シミュレーションベースの力学、純粋な力学を根拠に作られたものではなく、被害の調査を行い、その結果から「統計的にこれぐらいの数字であれば大丈夫だろう」という結果から決められた数字です。その根拠となっているのは下のグラフです。このグラフは横軸がIs値で、縦軸は「これくらいの建物が、これくらいの頻度であります」を表す相対頻度です。

 

地震被害を受けた鉄筋コンクリート造建物のIs値(2次診断)分布

地震被害を受けた鉄筋コンクリート造建物のIs値(2次診断)分布

出典:一般財団法人日本耐震診断協会 耐震診断の基準(is値)

 

このグラフは正規分布に近い形となっています。やはり強い建物を作ろうという発想はありますので、どちらかというとIs値が大きい数値の建物の方が分布としては多くなります。このグラフでは、被害を受けた建物の分布が青色で示されています。Is値が大きい建物のほうは被害が無く、小さいほうに被害が集中していますが、耐震性能を議論する数値ですので相応の相関性はあります。青色に塗られたグラフをよく見ていくと“0.6”を超えたものの中には大きな被害を受けているものは無いということが分かってきました。

 

Is値の利点と問題点

ところで、このグラフの被害のサンプルは1968年の十勝沖地震(震度5)や1978年の宮城県沖地震(震度5)での被害を元にしています。当時、耐震診断に類する技術を開発しようとしていた1970年代に遭遇した地震に対してのみなのです。実際に1970年代に、そういう議論をしている時に発生した地震被害が中心になっています。

したがって、限定的な地震に対する被害ですので、全ての地震に対して“0.6”を超えれば絶対安全とは言いきれません。あくまでも過去の地震被害の例から考えると、倒壊の危険性は少ないだろうという統計的な数値です。しかし、それを拠りどころに線引きをしたことで、Is値が“0.6”を超えれば「OK」というような扱いになってしまいました。

 

さらに問題なのが、この被害のサンプルは鉄筋コンクリート造(RC造)の建物だけであるという点です。

工場やプラントなど、さまざまな形状の機能に即した建物に多い構造形式である鉄骨造(S造)に関係する数値ではありません。ですのでRC造の建物ならIs値の指標もある程度の妥当性はありますが、S造になると解釈が難しいと言えるでしょう。このような背景を十分に議論しないまま、S造の目標値にRC造の“0.6”を適用している点が問題といえます。

 

もちろんIs値には良い面もあります。

数字がポンと出てきますので、非常に分かりやすく、最終的な結論だけを見る分には素人であっても、その建物の耐震性能が良いか悪いか判断できるようになります。Is値が“0.6”以上あれば「OK」と言えますし、“0.6”以上になるように補強するという明快な基準ができます。マンションのような建物は、自治体によっては補強のための補助金を出す条件がIs値が“0.6”以上というところもありますので、ますますIs値が重要視されることになります。診断方法もマニュアル化されており、専門家から見ると比較的軽易な作業であり、診断技術者の技量に寄らず、平均的に、ブレのない診断ができるという利点があります。その後の補強方法も概ねマニュアル化されています。もともとの「普及させて、社会全体を安全にする」という法律の精神からすれば、非常に上手く運用されているといえるでしょう。

 

しかし実際に運用すると、Is値を細かく精査しなければいけない場面も出てきますし、それに伴う様々な問題が出てきます。

一番大きな問題は、統計的な考察で仕様が決まっていることに起因する問題です。具体的な地震に対して、具体的な被害推定はできません。たとえばテレビで「今後何十年の間にこういう地震が来る可能性があります」といった番組やニュースを見ると、「ああいう地震がテレビに出ていたけど、この建物はどれぐらいの損傷で抑えられるの? 耐えられるの? 倒れるの?」というような疑問が出てきます。テレビでは分かりやすく衝撃的な伝え方をされるので、何億円もかけて補強した建物が耐えられるかどうかを知りたいというのは、経営側から見れば自然な欲求だと思います。しかし、もともとが「これは統計的な指標で、このくらいを補強していれば大丈夫だろう」いう発想で始まったものですから、具体的な壊れ方はIs値からは推定できません。どれだけ壊れるか分からないと、その後の復旧計画も立てられないので、やはりお金をかけた方からすれば、がっかりされるところです。

 

最新の補強技術が適用できないという問題も大きいです。例えば免震や制震といった新しい技術をIs 値では評価できません。これはIs値を用いて評価する以上、仕方がないことです。Is値を指標とする判断は、古い建物を調べてどれぐらいの耐震性能があれば「OK」なのかという統計調査から成り立っていますから、最新工法は適用できません。

 

まとめ

工場の耐震補強をする際によくある問題についてご紹介しました。内容をまとめると以下のようになります。

 

●工場の耐震補強を実施する際の問題点として以下の2点が挙げられる

(1) 補強工事にさまざまな制約条件があること

(2) Is値という指標で耐震補強の目標を一律に決めること

 

●Is値は非常に分かりやすく判断基準が明快であるという利点がある一方、以下のような問題点がある

・Is値は、1968年の十勝沖地震や1978年の宮城県沖地震の被害から定めた統計的な指標であり、全ての地震に対して“0.6”を超えれば絶対安全とは言いきれない

・Is値は、鉄筋コンクリート造(RC造)の建物に関する統計数値であり、工場に多い鉄骨造(S造)に関係する数値ではない

・Is値では、制震などの最新の補強技術が適用できない

 

以上、工場の耐震補強を実施する際によくある問題として、Is値の利点と問題点について解説しました。

では、鉄骨造(S造)の工場の地震対策には、どんな方法が有効なのでしょうか?
私たちはこの問題の解決策として、シミュレーション技術を活用することを提案しています。

次回は、シミュレーション技術を活用した鉄骨工場の地震対策についてご紹介します。

 

参考文献:

一般財団法人日本耐震診断協会 耐震診断の基準(is値)

 

構造計画研究所 企業防災チーム

 
           
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